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精一杯の優しさ
2004年 11月 29日 |
日常生活が安定している現在、恋愛について書こうと思っても、いや、今うまくいってるし、で終わってしまうので書きようがないのだが。

一方で私は恋愛が好きだ。
付き合いが長くなってきて、お互いに寛いだ関係も好きだが、好意を感じ始めた頃の緊張感やなんとか相手の目を惹き付けることが出来た時の嬉しさ、達成感などがもう病みつきw
といって、関係がうまくいっている限り、そういう緊張感は必ず薄れるものであり、だからといって、では別れて次とはいかない。
そういう意味では、なり茶は実によいシステムで、キャラを作ればキャラ毎に恋愛が可能。
現実の泥沼をやらずに疑似恋愛が楽しめるわけである。
もちろん、リアルの自分そのままではないから、それは幻想に過ぎないわけだが、それでいいのだ。というより、幻想であることを理解した上で楽しめない人にはなり茶はできない。



とはいえ、疑似であることは間違いないのだから、当然リアルの恋愛と異なる部分は実に多い。
メリットとしては

  • 外見は脳内で想像するのでいかようにも美男美女になれるし、また相手をそう信じることもできる。
  • リアルのように経済力だとか学歴だとか、そういった条件は考えずに相手を探せる。生活かかってないから。
  • リアル程ふられることが痛くないので、比較的気楽にカップルが成立する。
  • セックスの相性も、これまた脳内の想像に過ぎないから、とってもイイということにすればよい。
  • 描写でお互いの内心や感情を言葉で表現するので、リアルよりずっと互いの気持ちが理解しやすい。


他にもたくさんあるが、こんなところか。
デメリットとしては

  • 当たり前だが未来に繋がるものはない。というかそれを求めるなら、バーチャルでキャラで恋愛なんかしてないで、リアルで探すべきだろう。
  • 本当に触れることはできない。これまた当然すぎて言うだけ馬鹿みたいだが。
    それに人によっては、これはメリットかもしれない。
  • 唐突に相手と連絡がとれなくなることがあり、その場合、リアルはおろかネット上でもキャラとしての情報以外持ってなかったりすることも多いので、黙って諦めるしかないことも多い。
  • 通常、独占欲は忌み嫌われる。相手が他のキャラで誰とつき合おうと、そっちとばかり遊んでいて、自分のキャラが放置されていようと、基本的にお互いに文句は言えないのである。これも人によってはメリットだろうが。


このようにだらだら並べたのだが。
ここまできてやっと本題ってのもどうかと思うが、ここからが本題である。

ふと気付いたもう一つのメリット。
別れ際、別れが見え始めた時の、相手が示す精一杯の優しさとでも言うようなものを振払う、拒むことを滅多にしなくてすむ。あるいは、その場合もPLはお互いわかった上でやっているので、リアルのような心痛は感じなくてすむ。

現実で誰かとつき合ってきて、そして心が離れていった時。
もう別れようと思い始め、あるいはそう告げた時に、相手がこちらを引き止めようとして、あるいは別れを受け入れながらも、せめて最後にと示そうとしてくれるぎこちない優しさ。

誰かが自分に示してくれた好意や優しさは受け入れたいものだ。それを拒むのは、拒まれた時の相手の痛みを思うと実に辛い。
なんというか、うるうるとこちらを見つめている捨て犬を無視するような痛みと言えばいいか。
いや、違う。そんなレベルじゃなく、長らく飼ってきたペットを山の中に置き去りにし、まだこちらを見ている犬を振り切って走り去るような気分と言えばいいか(もっとも私はペットを捨てた経験はないのだが)

しかし相手はペットではないので、絶対にその優しさを受け入れてはいけない。
やりなおせないなら、一点、未練の残る余地もないように相手を断ち切ってやらないといけない。でないと、相手が長く苦しむから。
だが、なんと辛いことか。
相手がせめてと示した最後の優しさくらい受け入れて感謝し、微笑んであげたい。
どれ程そう思うだろう。
別れた後、遠い思い出になっても、これはずっと相手をどれ程傷つけたかと痛みが残る。
残るのだけど。

こういう痛みをなり茶の別れではあまり残さなくてすむのである。
なんせ別れたのは自分じゃなくてキャラであるからして。
PL同士は、こうなっちゃったのは残念だけど、また機会があったら別のキャラで遊んでねとか、あるいは、ごめんね、せっかく優しいこと言ってくれたのに、うちの娘、気が強いからとか笑って良好な関係を保ち続けられるからだ。

なり茶の別れだって悲しいことには違いないのだけれど、やはり現実のものに比べてその痛みはずっとずっと小さいのだ。
このメリットは大きいと思う。
ただし。
痛みが小さいということは、また現実と同じ大きさの喜びも得られないということでもあるが。
いや、逆か。
現実と同じだけの輝かしい喜びがないからこそ、それを失った悲しみも小さいのか。
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by catsmoon | 2004-11-29 10:33 | 雑感
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