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蒐集癖
2005年 03月 20日 |
おたくの本懐—「集める」ことの叡智と冒険 長山 靖生著
この本、なかなか面白かった。
コレクションするということの意味を考える内容で、古今東西の有名な、かなりいっちゃってると言っていいレベルのマニア、コレクターについても多く紹介されている。



作中、「アンソロジーの思想」の中で
曰く
「 アンソロジーを編集する場合、第一に必要な判断力はどういう性格のものだろうか。おそらくそれは対象を評価する能力、選び出すための判断力というよりも、テーマに沿って選択していく判断力、削り取っていく能力といった性質のものではないだろうか。トーマス・マンの「働け、限って、形造って成就せよ」という言葉が思い出される。
 "限る"ことが、なぜ重要なのかといえば、それは世界から自分自身を切り取る作業であるからだ。」

「 集めることは"想い"であるが、それを選択し、配列することは一種の"思想"にほかならないのである。」

以上、引用

私自身はコレクターと言えるレベルの蒐集癖はない。
食玩にはまって、戦闘機、食べ物、レトロ系の食玩を集めたりもしたが、それとてたかの知れた量である。

しかし、この本を読んで面白かったのは、多くのコレクターの中に、一見、バラバラで広いジャンルにまたがって何かを集めている例があり、それらも、他者の目には無関係に見えても、そのコレクターにとっては、一つの共通性があったはずだと論じられていた点だ。
そして、その共通性、彼らがその膨大な蒐集品の中に見いだしたものこそが、彼らがどういう人間であったかを語るのだと。

そういう視点で見るならば、私自身のかなり節操のない嗜好にも某か私自身を示す共通項があり、憧れがあるのだろう。
それは何なのだろう?

私は上記のように、モノとして何かを集めることは滅多にない。
食玩以外では本くらいか。
しかし、本を持つために集めるのではなく、読むために買い、結果として増えただけなので、これはコレクションとは言えまい。
とは言え、多くの本の中から、それらを選び出しているもの、また、サイトやブログをいくつも持ち、それらを形成しているものは、紛れもなく私の蒐集の基準のはずだ。

サイトは自分が作ったとも言えるが、中身を見れば、私の創作はほとんどない。
私がこれまで拾い集めた情報の断片から継ぎ合わせたものだ。
私が作ったデザイン、素材さえ、やはり原型がどこかにあったりして、全くの創作と言えるものはないと考えている。
そう思えば、私のサイトもブログも、私のコレクション展示場なのかもしれない。

だが、先の食玩一つとっても、戦闘機に、食べ物、レトロと無節操この上ない。
本や漫画の選択にしても、統一性があるようなないようなである。
(私の持つ本や漫画のジャンルや作者を並べ出すとキリがないのでやめるが)

サイトに関しては、今はもう閉じたSM系テキストサイト、素材屋、ファンタジー系PBCサイト、スキン配布のブログ、Macに関するブログとあり、これまた統一性はあるようなないような。
ブログで触れる内容に至っても、やはり同様である。

さて、これらから私自身を示す共通項は見つかるのだろうか。

まず目に付くのは、性的な色合いである。
幽かなものから、最前面に押し出されたものまであっても、いずれも全て私にとっては、エロスを感じさせられる。
といって、エロそのもの、エロのみというものには大して興味を引かれない。
ある特定の条件を満たすエロスに限られるようだ。
それは、「対」である。
ここに並べた大雑把な私の嗜好からはわからないとは思うが。

私は対となる要素、ぶっちゃけ、一対の男女の組み合わせによって成り立つ、あるいは、対となるべき相手を探すという命題をもった未完の世界を、私にとっての「エロス」として認識し、かき集め、形造ろうとしているようだ。

戦闘機は、そのまま男性性を現し、食べ物やレトロ系は、私にとっては女性性を感じるものだ。
世界はコアだけではできない。
私の集めた食玩は、私が脳内に作る世界において、対となる男女の周りを埋めて世界を構成する道具だ。

そう思って見れば、私の運営する二つのPBCサイトなどそのままだ。
そのサイトの中で、私が自分を投影するPCはいずれも未婚の相手を探す女性として生まれるし、サイトのテーマそのものがラブであり、エロである。

私にとって、私は私一人では完成しないものだ。
私が私として在るためには、どうでも対となる誰かを必要とする。
だが、一方で現実世界における他者との結びつきようには、どうしようもなく噛み合わない部分があり、完璧な一対となることは事実上不可能だ。
故に、私が私として完成されることもない。
私は、その理想的な一対によって完成される自分、世界、いや、作り方そのものだろうか、それを求めて情報をかき集め、並べ替えては首を捻っているのだろう。
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by catsmoon | 2005-03-20 02:50 | 雑感
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