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人権侵害
2005年 03月 29日 |
人権擁護法「暗」 by ++Project SEED++様

※人権擁護法案についてご存じでない方は、この記事をどうぞ

安倍氏 人権擁護法案見送りを by NHKニュース

「人権侵害という定義があいまいで、果てしなく解釈が広がっていく危険性がある。
〜中略〜
言論の自由は、一度失ったら、取り戻すことは至難の業だ」
NHKニュース記事より抜粋 安倍氏の談




まずは、人権侵害という言葉の難しさをそのままに、危険極まりない法案を通してはいけないという安倍氏の意見は至極真っ当で常識のあるものだと思う。
こういう意見が幹事長代理という要職にある人の口から出たことを素直に嬉しく思う。
だが、ああ、よかったで終わらせる訳にはいかない。
自分自身で、では人権とは何か、人権を侵害するとはどういうことか考えなくては意味があるまい。

Project SEEDのNoahさんも仰っておられるように、人権侵害の定義というのは難しい。
実は素晴らしく単純ではあるのだが、単純で普遍的なので、逆に難しくなるという例だと思う。

人権侵害とは即ち人権を侵害することなので、つまり、人権とは何かを考えなくてはいけない。
極単純に突き詰めてしまえば、人が精神的にせよ肉体的にせよ、あるいは社会的にせよ快適に暮らすこと、あるいは快適な暮らしを実現するための努力を妨げられないことが人権であり、逆に言えば、それが妨げられれば人権侵害だ。

では何が難しいか?
利害が一致しないからだ。
ある人にとっての快適は、他者にとっての不快となることが実にしばしばある。
わかりやすい例で言えば、痴漢にとっての快適は、被害を受ける女性からすればとてつもなく不快である。

つまり、人権というのは無制限に認められるものではない。
他者の人権を侵害しない限りにおいて認められるものというのが、一般的に受け入れられやすい考え方だろう。
だが、これでもまだ片付かない。

痴漢と被害者なら簡単だ。
だが、世の中、どちらの言い分も一理あるということが如何に多いか。
悪意をもって他者を傷つける者もいるが、不本意ながら、やむを得ず、思いも寄らぬ不運に襲われて、全くその意図なしにも、人は他者の人権を侵害する。他者を不快にする。
どちらか一方だけが悪いのではないのだが、あるいは誰かが悪い訳ではないのだが、一方を不快にしないようにと考えると、他方が不快になるということは多いのだ。

亡き祖父が大事にしていた庭木が枝を伸ばし、道に落ち葉が積もり、風に飛ばされて隣家の前にも散る。
隣家の者は、毎日家の前に落ち葉が積もって不快だ。
だが、だからといって祖父の木を切るのは、こちらの家族が不快だ。
悪いのはどっち?
こんな答えなど出る訳がない。
落ち葉くらい我慢しろと言えば、それは隣家の者に対する人権侵害だろう。
だが、形見がなんだ、木ぐらい切れと言えば、それだって人権侵害だ。

こんな問題を法が本当の意味で裁けるのか、裁いてよいのか?
直ぐに法で規制しろ、人権侵害だと言ってしまうのは適切なことだろうか?
仮に裁判に訴えて、木を切るよう命令されても、あるいは我慢するよう命令されても、感情はおさまるだろうか?
このような場合、結局は話し合うしかないのだと思う。
他者をやりこめることが目的ではなく、お互いに快適に暮らす道を見付けることこそが目的ならば、木にどれ程大切な思い出があるかを伝え、同時に落ち葉の掃除はこまめにして迷惑をかけないようにすると伝える。
木は落ち葉を散らすだけではない、四季折々に心和ませてもくれるものだ、あまり神経質にならず、穏やかに相手の言葉を聞く。
互いに納得し、尊重しあうためには、裁判より素直な対話だ。
どうしようもなく話がこじれ、両家とも感情的になったならば、最終的に他者の意見を聞くということで、裁判を選ぶしかないこともあるだろう。
だが、いきなり最初の選択が裁判というのはどうか。
まして、裁判どころか、人権擁護委員会に訴えれば、令状もなしに家宅捜査され、資料を押収され、一方的に「改善」を要求され、従わなければ処罰されるとなったら。
話し合うより先に、恐怖が先に立つ。
言われる前に言え、ちくられる前にちくれ。
こうなりはしないか。

法で裁くことがそぐわない問題は多い。
人知で裁ける問題ばかりでもない。
そのような多くの問題を含む「人権侵害」を十把一絡げに法で規制しようなどとは烏滸がましいにも程がある。
人権侵害を見逃せと言うのではない。
あまりにも色々な意味を持つ大きな問題を、そもそも一つの法律で単純に縛ってしまえというのが誤りなのだ。

まず自らの言葉で、相手と真摯に向き合う。
そこから始まる幸福への道を閉ざすような法案を通してはならない。
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by catsmoon | 2005-03-29 00:31 | 雑感
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