-Sun&Moon Blog-
catsmoon.exblog.jp
エキサイトブログスキン配布 (Mac OS10.5 Leopard・Safari) ★基本的にコメントにレスしません
by catsmoon
プロフィールを見る
画像一覧
Top | Out
感動の共有
2005年 12月 13日 |
沙高樓綺譚
浅田次郎氏のミステリータッチの連作短編集。
浅田氏らしい暖かさをやはり底流として確かに存在させながら、幻想的な設定、そして、ミステリーとして十分に楽しめるプロット、作者の知識の幅広さに唸らされる厚みのある題材の扱いを兼ね備えた良作。

さて、ブックレビューはともかくとして。
小説に限らず、こんな風に感動できるものに触れた時、それを誰かに伝えたい、共有したいと思う人は多いと思う。
もちろん、私も。



だが、作品から感じ取るものの大部分は、言葉にできない漠然としたイメージであり、脳内に描いた風景などの画像であり、他人に伝えるのはとても難しい。

私が感じ取ったものは、その作品が切欠ではあるが、同時に、私がこれまで積み重ねてきた経験や知識、言わば人生という土台の上にある。
であれば、同じものを見て、如何に私が言葉を尽くして説明しようとも、私が受けた感動をそのまま誰かに伝えるのは不可能である。

言葉だけでなく、画像、音楽などを同時に使えば、更に伝えられる情報量は増えるが、それでも、まるで海面下の氷山のように、私が感じた気分、感情、昂揚などは見えず、海上の一部分だけを伝えられるに過ぎない。
私の表現力不足はこの際置いておくとしても。

感動というのもは、趣味や感覚の似ている人ならば、ある程度までは理解してくれるかもしれないが、それでも完全な共有は不可能だ。

その言葉にならないものをどうにか伝え、共有したくて、人は芸術と呼ばれるものを生み出すのかも知れない。
美しい景色を見て受けた感動を、音楽にして、絵画にして、あるいは小説にして。

感動を共有することが難しいということを、私が理解したのは幾つの頃だったか覚えていない。
幼い頃は、単純に趣味や知識の違い故かと思っていた。
同じ趣味を持つ相手なら理解できるだろうと。

だが、長じるにつれ、そうではないと知った。
趣味が同じなら、同じものに感動してくれる可能性は高くなるが、その感動は、その人自身のものであり、私が感じたものと同じではない。
そして、多少の類推と、不完全な共感までが限界であるのだと。

それはやはり寂しいものであり、どうにか伝えたいという気持ちは、今も変わらない。
だが、人間の抱える孤独の本質とは、これなのかもしれないとも思う。
孤独は悲しみであり、同時に喜びだ。
そして、孤独の喜び、私の感動は私だけのものだという事実もまた私は愛する。
[PR]
by catsmoon | 2005-12-13 11:38 | 雑感
<< 万両スキン配布 PageTop 雪煉瓦スキン配布 >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Blue Paper Skin by Sun&Moon