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反省すべきは常に他者なのか?
2006年 11月 08日 |
<大きな声では言えないが>世間はイジメる=牧太郎 毎日新聞 Excite エキサイト : 社会ニュース
でも、そのうちにイジメ報道が「新しいイジメ」になっているような気がしてならなくなったのだ。教師が悪い、校長が悪い、教育委員会が悪いの大合唱。
〜中略〜
 「世間」は教育現場に過大な要求を突きつけてはいないか。荒れる教室、受験戦争、イジメ。教師が一人一人の子供たちの「心の動き」を完全に把握する余裕はない。
〜中略〜
教育現場に求められるのは「イジメに勝つ知的基礎体力」ではないのか。
このように抜き出してみると、マスコミのエゴがよくわかる。



言っていることはわかるし、正論を含んでもいると思う。
しかし、「新しいイジメ」となるような報道をしているのは、そもそもマスコミではないか。
この筆者、牧太郎氏は、毎日新聞の編集委員であるという。
外部の寄稿者でないなら、この他人事のような表現はどうなのか。
まず、そのような報道を行うマスコミの人間として反省が表現されるべきではないのか。

ところが、記事は、途中からそれを行うのが「世間」であるとすり替える。
そのように世論を誘導した責任はどうなったのか。
本来、ここで「世間」と表現されている箇所は、まず自戒を込めて、「マスコミ」とされるべきではないのか。

挙げ句の果てに、「教育現場に求められるのは」と、途中で、「教育現場に過大な要求を突きつけてはいないか」と言っておきながら、結局、教育現場に要求を突きつけて終わっている。

ある意味、今や聖域はない。
政治家であれ、教師であれ、あるいはどんな人でも、いつマスコミの総攻撃に晒されるかわからず、そうなったが最後、ほとんど個人に打つ手はない。
しかし、マスコミは攻撃する側だ。
しかも、他者がミスをすれば、ここぞとばかりに責め立てるのに、マスコミの誤報や一方的な報道、あるいは過熱報道による被害に対する謝罪や反省といったら、お寒いことこの上なく、しかも何度でも同じことが繰り返される。

この筆者が本当にこう思っているなら、まず自分達を振り返るところから始めて欲しいものだ。
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