-Sun&Moon Blog-
catsmoon.exblog.jp
エキサイトブログスキン配布 (Mac OS10.5 Leopard・Safari) ★基本的にコメントにレスしません
by catsmoon
プロフィールを見る
画像一覧
Top | Out
自殺報道
2006年 11月 21日 |
少し前のことです。
夕食後、電話のベルが鳴って、のほほんとモニタに貼り付いていた私は、何だろ?って受話器を取り上げました。
かけてきたのは、息子の担任の先生でした。
すわ、うちの馬鹿息子が何かやらかしたかと真っ青になって姿勢を正したのですが、先生のお言葉は意外なものでした。

県下で生徒の自殺があったので、各家庭に電話して、子供達の様子を担任の先生が確認するようにと、教育委員会から言われたそうなのです。
思わず、電話に向かって深々と頭を下げてしまいました。

このところ、イジメ自殺報道が過熱しており、WHOの勧告(参考:自殺報道のあり方について by ライフリンク )など無視したマスコミ報道によって、教育現場の先生方には、大きな負担がかかっているだろうと思います。
この電話も、おそらくそうした流れの一環として出てきたものだろうと思います。

その姿勢自体は良いことなのだろうとは思いますが、正直に言って、現場の先生方は、ただでさえ忙しいだろうに、そんな負担を更にかけてと思いました。



まさか何時間も電話で子供のことや自殺についての教育談義をする訳にもいかず、「うちの子は落ち着いていて、特に悩んでいる様子はありません。一応、死の概念を理解しているかも聞いてみましたが、死んだら生き返らないということくらいは理解しているようです。本当にお疲れ様です。これからもよろしくお願いします」と申し上げて、電話を切りましたが、仮にうちの息子が死ぬほど悩んでいたとしても、このような電話でどれ程掬い上げられるかは疑問だと思います。
恐らくその空しさは、先生ご自身が最も感じておられたろうとも思います。
それでも、しなくてはいけない、そう感じさせる空気が今の社会にあるのでしょう。

自殺の理由は色々あるのでしょう。
救えるものなら救ってやりたかったと思うのも、誰でも同じだと思います。
何よりも子供が死んだ時に、一番辛い思いをするのは、両親や家族、そして、やはり日頃、それだけ関わってる友達や教師だろうと思います。
少なくとも、我が身を切るように痛いと感じるのは、家族だけかもしれませんが、それに近い痛手を負うのは、それまでその子に会ったこともなかったマスコミではなく、友人や教師のはずです。
生徒が死んでよかったと思う教師などいるはずがありません。
関わった人は多かれ少なかれ傷付くはずです。

なのに、後からやってきて、さも正義を代弁しているようなしたり顔で、好き勝手なことを言うのは、あまりにも無神経でしょう。
それ程えらそうに言えるなら、では確実に自殺を防ぐ方法を教えて下さい、やってみせて下さいと言いたくもなります。
そう言われれば、おそらくそれは教育のプロがすべきことだとか言うのでしょうが、ならプロにも難しいことを、何故素人が、マスコミだというだけで一方的に非難し、袋叩きにする権利があると考えるのでしょう。

私は、うちの息子みたいなのが、ずらっと一面に並んでいたら、到底、冷静に何かを教える自信などありません。
既に息子に望むのは、勉強だの何だのではなく、頼むから!日本語を理解してくれ、言われたことを綺麗にスルーして忘れるのは止めてくれ、早く人間になってくれというレベルです。
最早、身体で教えないと、こいつは絶対に覚えない!という気さえします。
そんな小学生達に、穏やかに接して下さるというだけで、学校の先生には足を向けて寝られません。

落ち着きのない息子なので、学校で足下も見ずに飛び回った挙げ句、側溝に足を突っ込んで転び、捻挫したことがありました。
その時も、教頭先生から丁寧なご連絡があり、わざわざ病院まで連れて行って下さいました。
お忙しいのに、うちの馬鹿息子のせいで申し訳ありませんと、私は只管平身低頭の有様となりました。
仮に息子の怪我がもっと酷かったとしても、やはり私の対応は同じだったでしょう。
我が子一人でも、見張っているのは難しいのです。
実際、家で子供がすっ転び、怪我をしたことも一度や二度ではありません。
それがうじゃうじゃいるのですから、事故も怪我も当たり前です。
先生方は、できるだけのことをしてくれている、どころか、よくそこまでして下さると思うことばかりです。

勿論、それは十分なことをしてもらっていると思える、素晴らしい先生に見ていただいている幸運もあるのでしょう。
中には、やはり学校が違う対応をしてくれていたらと思うこともあると思いますし、そういう場合、何故そうなったのか知りたいと、家族が思うのもわかります。

しかし、何故それをまるで自分自身が被害者ででもあるように一方的な視点からマスコミが言うのでしょう。
今のようなマスコミ報道で、現場の教師に過剰な負担がかかることが、よりきめ細かい教育に繋がるとはとても思えません。
上記の電話にしても、そんなことに手間を取られることが増えれば、むしろ先生方が必要だと思うことに割く時間が減るでしょう。
先生方の士気が下がりもすれば、疲れもすると思います。
結果的に、子供達や家族にとっても、不幸なことになると思いますし、不毛なバッシングで喜ぶのは、教育現場を袋叩きにして、正義の代弁者だと自己満足に浸れるマスコミだけではないでしょうか。

報道のプロだというのなら、家族の悲しみ、教育現場の苦悩、どちらも公平に掬い上げて、十分な取材と裏付けの上で、より建設的な道筋を探す一助となるような報道こそを心がけるべきであり、一方的なバッシング、弱い者イジメにさえ見えるような過熱報道をしないことこそを誇るべきでしょう。
マスコミの仕事は事実の報道であって、正義の使者でも無敵の裁判官でもないはずです。
マスコミの報道が煽ったせいで、模倣自殺が起こった場合も、やはり現場の教師の責任を声高に言い立て、自分達の責任は考えないとしたら、それで何が報道の自由かと思います。
[PR]
<< 恥じるべきは? PageTop Kakeraスキン配布 >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Blue Paper Skin by Sun&Moon