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プロに望むこと
2006年 11月 25日 |
先日書いた医療崩壊に関する駄文が、思わぬ反響を頂き、正直に言えば、驚きつつ、ちょっとびびっております。
私のブログは、スキン配布が目的であって、雑感はおまけというか、気が向いた時にチラシの裏に書き込んでいるようなものでもあり、また不勉強なため、どんな大嘘を書くかもしれたことではなく、到底、文責は負えないというのもあって、スキンを探しに来てくれた方が、ちらと目を止めて、この問題をもっとちゃんとしたブログなどで調べて下さる切欠になればと思って書いたものでした。

ですから、当分、医療問題には触れずにおこう、本来のスキン配布に集中しようと思っていたのですが、どうしても気になってしまったことが一つあったので、この記事を書いて、医療問題に触れるのは当分の間はなしにしようと思います。



気になったというのは、あるところで読んだ意見です。
「患者は命がけなのだから、医師も命がけで治療に当たるべきだ」
簡単にまとめれば、このような主張です。

多分、そうだそうだと頷く方が多いだろうとは思いつつ、私は「え?」と思いました。
そして、ドラマなどで、患者の死に際して泣いている医師の姿が脳裏を過ぎりました。
きっとそういう医師像を求めているのだろうなと。

ですが、率直に言えば、私ならそんな医師にはかかりたくありません。
病者を前にうろたえ、泣き騒ぐのは、家族や友人の特権であり、プロにそんな甘えたことを言って欲しくありません。
冷静に治療に当たって欲しいです。
もし自分を診察する直前に、別の患者さんが亡くなったからと、その医師が動揺し、激しく落ちこんでいたらと思うと、冗談じゃないと思います。

勿論、関わった患者さんが亡くなったのだから、その医師だって、落ち込みもし、悲しみもすると思うのですが、やはりプロとして、そこは切り替えて冷静さを保って欲しいと思うのです。
そこで命がけなんて悲愴な決意を持たれては、切り替えなど勿論できないでしょうし、次に診察される私はかないません。

私がもしガンなどにかかった時、治療してくれる医師にも、命がけで診て欲しいなどとも思いません。
更に言えば、その患者が家族であれば、私はとても悲しい思いをするでしょうが、それでも、私だって命がけで看病は出来ません。
残念ながら、病で死ぬのはその人であり、同じように私が病で死ぬとしても、死ぬのは私だけです。
できる限りのプロとしての仕事を望みはしますが、命まで賭けて貰う必要はありません。
そんなことを言う医師がいれば、申し訳ないが、私が病院を替わります。
私が薬石効なく死んだとしたら、医師にはさっさと私のことなど忘れて、次の患者さんを救って欲しいと思います。

多くの専門性の高い職業で、よく身内は自分で担当しないということを耳にします。
外科医は身内を切らないとか、警察官や裁判官は身内が関わっている事件を担当しないとかです。
命がけがよいことならば、身内ならそれだけ命がけに近くなるでしょうし、身内に関わるのは良いこととなるでしょう。
それではプロとしての本領を発揮できない、そう考えられるからこその慣習(そういう規定があるのかどうかまでは知りません)なのでしょう。

実のところ、上記の意見を書いた人にしても、多分、これは言葉の綾であり、言わば比喩なのでしょう、それだけ真剣であって欲しいということなのだとは思います。
ですが、私は、上記の通り、一歩離れた冷静さをこそプロに求めます。
感情に引き摺られない、これこそがプロのプロたる所以だと考えるからです。

そしてまた、このような感傷的な意見によって、医師の冷静さが損なわれたり、あるいは過剰な負担がかかることになるとしたら、到底、頷くことはできません。
命を預けるからと言って、患者もそこまで医師に甘えていいのでしょうか。
少なくとも、私は自分の仕事に誇りをもって働いていますが、もし命がけで仕事をしなさいと言われたら、そんな仕事はできません。
命がかかるような仕事はしておりませんが、仮にもし私が命がけで何かする必要にかられ、それを実行したとしたら、それは恐らく、私自身の誇りだとか、報酬が大きいとか、何かしら自分自身の理由によると思います。
仕事だからという理由だけでは、命なんか賭けられません。
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