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受け渡すべきもの
2007年 05月 30日 |
「考えろという教育」「20年前に何が途切れたのか」で書いたテーマをもう少し練ってみます。

自分が引き継がなかった過去の価値観を、いかに子供に受け継がせるか。
何を、どう伝えるか。
難しいけれど、考えなくてはいけません。
日々、成長する息子に、私は与えなくてはいけないからです。



子供の頃読んだ本では、特に偉人伝などで、まま目にしたのに、私自身言われたことも、言ったことも全くなかった言葉、考え方があります。

「(社会に)役に立つ仕事をしろ」

勿論、どんな仕事であれ、役立たない仕事などありませんし、職業に貴賎無しという考え方が普及したために、無意味なものになってしまい、消え去った言葉です。
けれど、その結果が、社会の中での自分の役割を考え、自らの職業を誇ることを人々に忘れさせたのだと思えます。

役に立つ職業 = 誇るべき職業。
何かを貶めてはいけない、逆に言えば、何かを誇ってはいけないと、誇ることと、自慢すること、優越感を持つことが、安直に混同された結果、上記のような職業はなくなってしまいました。
それ以後、親は子供に、将来安泰な職業、収入の多い職業、世間体の良い職業を選ぶように、良くても精々が、やり甲斐のある仕事を選べと教育しました。

これらは全て、非常に卑近で個人的な価値観です。
その職業を選ぶことによって、自分自身に何が返ってくるかを問う視点であり、自分が社会に何を与えられるかを考えない視点です。

その人が、どのような職業に就いたとしても、役立たない職はありません。
しかし、同じ職に就いたとしても、その職が社会に何を与えられるか、社会から何を期待されるか、社会に対しどんな責務を負うか、それを考えて決め、それを誇りに思って就くのと、単に収入が多いから、安泰だからと考えて決めるのでは、同じ職であっても、貴賤が生じると考えます。
全く同じ職に就き、全く同じように仕事をしたとしても、意識の差がそれを生むのではないでしょうか?

やり甲斐という意味、個人的な努力の結果としての就職という意味では、小さなプライドはありますが、社会に何を還元するかという視点と誇りを、自分自身が身に付けることがなく、全く個人的な視点のみで生きてきた私が、恐らく私が選んだより厳しい道であろう、社会に対して役立つことをせよと子供に教育するのは、おこがましいとも、勝手だとも感じます。

しかし、だからといって、同じ教育をしたのでは、息子も私と同レベルに留まってしまうでしょうし、子供を生み育てることが、社会から受けたものを社会に還元するという側面を持つならば、私自身が責務を果たしていないということにもなるでしょう。
それに厳しい道だとしても、きっと息子は私よりもずっと大きな誇りと喜びを得ることもできるはずです。

将来、社会の、国の、人々の役に立つ人間になりなさい。そういう職に就きなさい。そのために、身を惜しんではいけません。
私利私欲を排し、社会に対して負うべき責務を果たした上で、自分自身の幸福を目指しなさい。

現代においては、笑われる考え方かもしれません。
あるいは、子供には子供の幸福を追求する権利があり、親の勝手だという批判もあるかもしれません。
けれど、私は、そういう視点を持って生きた過去の人達が不幸だったとは考えません。

まして私のような人間が増えた結果が、今の日本の姿だとすれば、個人の権利しか考えない社会は、結局、そこに生きる人をも不幸にする、自分に跳ね返ってくるとも言えるでしょう。

現代においても人気のある新撰組や幕末の志士の生き方は、個人の幸福より国家の未来を優先したもの、あるいはそれが一体となったものと言ってよいでしょう。
それらが、今なお色褪せないとしたら、現代においても意味を持ちうるからだと言えないでしょうか。

どうか、子供達が過去を活かし、私の世代よりもより良い未来、時代を作ってくれるようにと心から祈ります。
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by catsmoon | 2007-05-30 10:57 | 雑感
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