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貴方ならできる?
2007年 09月 01日 |
結局、書き始めてしまうと、ついつい追いかけてしまうのが、私の悪い癖だ。
という訳で、奈良の事件から広げて、昔と今と、救急の流れってどう違ってきたのかなと考えてみた。

無駄にえらい長文になったので、暇で、なおかつ駄文を読まされても怒らない寛大な方だけ読んで頂きたい。
また、できれば「医療資源は有限だ」「医療資源は有限だ2 当直医の仕事」を先に読んでから、この記事を読んで頂くとよいだろう。
デフォルメした比喩だということを解さず、細かな突っ込みや揚げ足取りをしたい人は、読むのを避けて頂きたい。



いつ頃までだろう、昔、夜中の急病ってどんなイメージだったかな〜と考えてみた。

私自身にそういう経験が乏しいのだが、喘息発作(多分)を起こした時、近所で夜中も診てくれるという胃腸科の外科病院に駆け込んだことがある(一応電話で診てくれるかどうか確認をしてから行った)
喘息っていうと、どの専門かといえば、呼吸器内科に行くべきなのだろう。
だから、私は全然専門違いの病院に行った訳だが、その時、専門医のいる病院を探そうとか、受診を受け入れたからには専門医を用意すべきだ、専門医がいないのに引き受けるのはけしからんなどとは思わなかった。
こんな夜中に診てくれるだけで有り難かった。
ちなみに、治療を受けて、幸い私の発作はすぐに治まった。

昔は、今ほど医師の専門が厳密に分かれてなかったように思う。
少なくとも、一般人には「専門医がいい!」という意識は、今ほど強くなかったのではないだろうか。
だから、夜中の急病っていうと、とりあえず近所のかかりつけに駆け込んだのではないか。
その医師が、もし運良くその病気の専門だったら、適切な治療をしてもらえて、無事に治ったかもしれない(専門医だって治らない病気は治せないから絶対ではないが)
しかし、そうじゃない可能性も当然高い。
それでも、夜中に診て貰えるだけ有り難いと思い、とりあえずを凌げれば、翌日、他の病院を紹介されたかもしれない。
運が悪ければ、翌日を待てずに亡くなったかもしれない。
だが、その頃、少なくとも専門医じゃないのに引き受けたのが悪いとは言われなかったのじゃないか。
目の前の患者を、専門ではなくても出来る限り助けようとしたという医師の努力は評価されたように思う。

これが言葉は悪いが「とりあえず駄目モト」
「とりあえず」診て貰えるのだ、それだけでも有り難い、診て貰えなければ朝までどうしようもなかったのだから「駄目でモトモト」という考え方だ。

それに対し、今は専門医じゃなきゃ駄目だという考えが広まっている。
専門ではないのに引き受けて結果が悪かったら訴訟になりかねない。

だが、考えてみればわかると思うが、そのような場合、夜間でも診てくれる専門の病院が近所にある確率より、ない確率の方が高い。
従って、救急車で数少ない専門医のいる病院を必死に探すことになる。
数が少ないから、うまく見つかるかどうかは運次第となる。
しかし、受け入れ先が見つかりさえすれば、「とりあえず駄目モト」ケースよりは、より適切な治療をしてもらえる可能性が高いだろう。

これが「運次第でもより適切」
こちらは命がかかってるんだ、設備の整った病院で専門の医師にきっちり診てもらいたい、当然、探すのに時間がかかり、見つかるかどうかは「運次第」だが、見つかりさえすれば「より適切」な治療が受けられるのだから、見つからないかもしれないリスクは諦めるという考え方だ。

しかし、だ。
今は後者かと言うと、そうじゃない気がする。
では何だ?
「とりあえずでも最善を要求する」
こうではないだろうか?

診てくれる医師を見付けやすいのは「とりあえず駄目モト」だが、それと同じくらいに確実に、かつ速やかに受け入れ先を用意しろ。
だが、専門じゃないから駄目モトと言うのは認めない。
「運次第でもより適切」と同じように、下手するとそれ以上に、専門医がきっちり診て、最高の治療をしてくれるべきだ。
それを「要求する」権利が、患者にはあるんだ!という感覚でいる人が多いように感じる。

しかし、「駄目モト」と「運次第」の説明を見比べてもらえばわかると思うが、両方を同時に達成するのは不可能だ。
日本には、長年の政府の医療費抑制(=医療資源削減)政策が実って、それを達成できる程の沢山の医師もいない。
もしもいたとしても、万一の可能性までを受け止められる程の数となると多すぎるから、一つの病院当たりの収入は激減し、速攻でどの病院も潰れるだろう。
あるいは医療費が増大しすぎて日本が潰れるか、自己負担分が高くなりすぎて金持ちしか病院にかかれなくなるか。

要するにない袖は振れぬのだ。
だから、どちらを選ぶか、患者は決めなくちゃいけない。
しかし、「とりあえずでも最善を要求する。駄目なら訴える、逮捕する、バッシングする病」が日本に蔓延している為、いまや「要求する」タイプと見た目では区別のつかない「駄目モト」を引き受ける勇気ある医師は減る一方だ。
残った勇気ある医師も、沢山の「駄目モト」患者の中に、一人でも「要求する」患者がいれば、その医師は訴えられ、逮捕されるから、更に減る。

結果、今の日本では「運次第でもより適切」を選ぶしかない状況となっており、しかも、医師は慢性的に不足しているから、その運に当たる確率は下がる一方だ。
そうなってみると、今度は「要求する」患者とマスコミは、引き受けない、いや引き受けたくとも引き受けられない医師までバッシングし始めた。

一体全体、彼等は自分が何を要求しているのかわかっているのだろうか?
多分、わかってないのだと思う。
医療資源は有限で、ない袖は振れなくて、要求すれば無限に湧き出す魔法の泉とは違うのだ、無理を言ってバッシングしていたら唯でさえ少ない医師がますます減るという、とても単純なことも理解できないのだろう。
可哀想に。

さて、長文になって申し訳ないが、今、マスコミが医師に要求しているのがどういうことか、もっとわかりやすい喩え話って出来ないかなと考えてみた。
そろそろ疲れてきた方は、この先も駄文だから、ページを閉じて下さった方がいいかもしれない。

自動車メーカーを例にあげてみよう。

自動車メーカー(=病院)には色々な職務の社員(=専門の医師)がいるはずだ。
開発、営業、経理、人事、総務…etc.

あるお客様が、時間外にやってくる。
そして経理の人をつかまえて、お前のメーカーで作っている車の構造はどうなっとるんだ!と言ってきたとする。
お客様は、お前だって社員なんだから、当然わかるだろうとのたまう。
あるいは、お前じゃ駄目だ、今すぐ開発の奴を出せと言う。
経理の人にしてみれば、何せ相手はお客様、答える努力が必要だ。
しかし、経理の人は、当然、開発をしている人程、いくら自社の車だからって詳しくはないだろう。
全く無関係な業種の人よりは詳しいかもしれないが。
それに、開発の奴を呼べと言われても、夜間だ、その場にいない。

さあ、貴方がその経理の人ならどうする?

1 生憎、担当者がおりません。明日、改めてお客様相談室へおいで下さい。
2 持てる知識を総動員して答える。だけども、ちょっと不十分だったり、間違ったりしてるかもしれない。
3 ヨレヨレで仕事していて、やっと帰ったばかりの開発の社員に電話し、叩き起こして、すぐ会社に来いと叫ぶ。

これを、医療に当てはめてみると。
耳鼻科が専門の当直医をつかまえて、心筋梗塞らしい患者が夜間に治せとやってくる(もしくは、救急車から搬送依頼が入る)
そして、お前も医師なんだから、このくらい治せるはずだ。
あるいは、お前じゃ話にならん、今すぐ専門医を出せと言う。
当直医にしてみれば、相手は患者だ、応える努力が必要だ。
繰り返すが夜間だ。
そりゃ耳鼻科の医師だって、素人よりは病気に詳しいだろうが、心筋梗塞について心臓の専門医ほど詳しい訳でもなければ、治療経験豊富な訳でもないだろう。
それに、心臓の専門医を出せと言われても、夜間だ、その場にいない。

1 生憎専門の医師がおりません。他の病院を当たって下さい。
2 持てる知識を総動員して治療する。だけども、ちょっと不十分だったり、間違ったりしてるかもしれない。
3 ヨレヨレで仕事していて、やっと帰ったばかりの専門医に電話し、叩き起こして、すぐ病院に来いと叫ぶ。

結果はどうなるか?
運良く患者が文句なく治った、あるいは「駄目モト」タイプだったらいいだろう。
だが、なんといっても病気は心筋梗塞で、専門医だって必ず助けられるとは限らない重病だ。
生憎、患者は亡くなった。そして遺族は「要求する」タイプだった。

1 お前が受け入れなかったからだ、極悪人めとマスコミから袋叩き。
2 専門でもない癖に受け入れたからだと訴えられて莫大な慰謝料を請求され、業務上過失致死で逮捕され、マスコミから袋叩き。
3 責任は専門医に移り、運良く専門医は訴えられはしなかったが、その専門医は、同じパターンをしょっちゅう繰り返す羽目になり、とうとう過労死。あるいは過労死寸前となって燃え尽き、退職。

自動車メーカーなら。
そもそも、そんなお客は多くないだろう。
断っても、間違っても、訴えられる危険は低いだろうし、呼びだしたら、開発の人には恨まれるだろうが、とりあえずは収まって、明日からは平穏な日々が戻る。

しかし、医師の場合は年中行事だ。
当直医にも呼び出された専門医にも、翌日も今日と同じ眠れない日々が続く。
ついでに訴訟も、今や珍しい話ではない。

そして、時に薬石効なく患者が死ぬことは、どうしても避けられない。
その時、1や2の結果を避けられるかどうかは、はっきり言って運次第だ。患者や遺族が「要求する」タイプじゃないよう祈るしかない。
しかも諄いようだが、年中行事なのだ。「要求する」タイプの割合が低いとしても、母数が大きいから、いつかは当たる可能性が高くなる。
3のパターンに至っては、運どころか、救急のある病院をやめるしか逃げ場はない。

いやいや、2だったら、間違ったのは間違ったんだろう?なら訴えられても当然じゃないかと仰る?
では、貴方が経理の人で、時間外に本来の業務じゃないのに必死で頑張ったのに、車の構造を開発部の人並に知らなかったからって訴えられたら、それも仕方ない、間違ったんだからと納得できるか?
そもそもの問題として、だから開発部の人並みに知っておけと言われて、やろうと思ったとして、それが出来るか?自分の本来の仕事もあるのに?
おまけにお客の質問は車の構造とは限らない。人事の問題かもしれないし、営業の問題かもしれない。それら全てを網羅できるか?
網羅しようとして死ぬほど頑張ったとして、一つだけ漏れがあり、偶々お客がそれについて質問した場合、やっぱり訴えられるとしても納得できるか?

それでも車とは違う、命がかかってんだぞ、緊急の患者がいるんだぞと仰る?
ではもう一度聞くが、貴方は、命がかかってたら、努力すれば、全社の業務を網羅できる?
本当にできる?
知識だけじゃなく、技術や経験がどうしても必要な業務も沢山あるのに?
それだけの経験を一人で全部積める?それにはどれだけの時間がかかる?
生きてる内に成し遂げられる?

そうじゃない、専門医を呼び出せ、人の命がかかってんだから、夜は休みたいなんぞ贅沢だと仰る?
ではでは、貴方は、命がかかっていれば、夜も寝ずに、何日も何日も何日も働き続けられる?
それでもミスはしない?
それでも身体を壊したりはしない?
家に帰ってこない、帰ってきた途端呼び出される貴方に、家族は黙って我慢してくれる?
そんなの交代ですればいいとは言わないように。
各自が十分休養を取りつつ、何時でも何人の患者にでも応じられる程の交代要員はいないのだ。医師は足りないのだから。
だから、貴方が行かなければ代わりはいない。

さあ、貴方だったら、そんな職場で頑張り続けることができるだろうか?
そんな状況の職場に勤める人は増えるだろうか、減るだろうか?
減ったら、一番困るのは誰だろうか?

それにしても、自分の力では受けきれない仕事を断ったからといって、バッシングされる業界というのも珍しい。
断ったら極悪人だと決めつけられる業界も珍しい。
さて、喜々として医師をバッシングし、医師=悪人というイメージを広めるマスコミは、それが本当に人々の為になると、社会正義だと本気で思っているのだろうか?
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