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ここ数日のニュース
2004年 11月 04日 |
アメリカではブッシュ氏が当選し、オンラインに下劣の一言としか言い様のない動画が配信され(見てませんが、内容を聞けば他に言い様はない)
日々、様々なニュースがだらだらと流れて消えていくのだが。
大統領選と動画配信と、タイミングが妙に重なったのが印象的。

アメリカの理屈にしろ、テロリストの理屈にしろ、それぞれ言い分はあるのだろう。
どちらが正しいとか間違っているとか簡単に割り切れる方程式はない。
アメリカの正義とテロリストの正義は、その中で真っ向ぶつかるもので、今回の犠牲となった方は、いわば正義と正義の狭間で押しつぶされたと言えるのかもしれず。

人間は、自分が正しいと確信した時にもっとも残酷になるという説もあり、これは他者の価値観を圧殺するという点で言えば、何もパックス・アメリカーナとイスラムの対立などを持ち出さなくても、日常、どこにでも見られる光景。
正論や大義名分の陰に、実のところ自己の利を追求する欲求、欲望正当化の要素が必ず混じるのも恐らく同じ。
誰でも、自分に利のあることを求めたいものだし、そこに大義名分があれば、手加減無用となるのも簡単に責められはしないのだが。
流石にあまりに薄っぺらいアメリカの大義名分には飽き飽きしたというのは置いておくとして。

そのエスカレートに歯止めをかけるのは、理屈ではなく、日常的な常識の感覚なのかとも思う。
人を殺してはいけない、騙してはいけない、弱者を虐めてはいけない。
簡単なことだ。
何故もへったくれもない、それはいけないことなのだと、多くの人が日常思っているはず。
いかに自分が正しいと思っていても、だからといって普通、人は相手を殺さない。
それは、それが罪であるという意識を持った社会に生きているからだ。
その社会的な常識の感覚が、確かな手ごたえを持って堅牢に存在している社会に生きていれば、それを忘れ去って凶行に人をはしらせるのは難しくなる。
だが、その社会の持つ常識の安定感が脆い社会に暮らしていると、罪の意識は容易に忘れられるのかもしれない。

どのような文化に暮らそうと、人が殺され、我が子の死を嘆く母親がいるというのに、その死を道具として使い、弄ぶかの動画配信など許されることではない。
私がその母の立場だったら、それは耐え難いと思う。
これ以上の拷問はちょっと考え付かないくらいだ。
これは子を持つ人間、親を持つ人間なら、誰でも想像可能な残忍さ、醜悪さだ。
そして、そう感じさせるのが、常識の感覚だと思う。
正義よりも理屈よりも先に、それは罪だと感じること。

そして、それを底支えする社会の安定した価値観、常識を、ひたすら人間は壊し続けているのかもしれないと思う。
枠を壊せば自由になると思って既存の価値を破壊することは、足場を崩すことにも繋がる。
壊した後、何を代わりに支えとするか。
その代替の価値観は、壊されたものと同等の確かさを与えてくれるのか。
壊してから考えても遅いのではないか。
その歪みに押しつぶされるのは、常に、価値を破壊する強さを持つ者自身ではなく、まず弱者からなのだと考えれば、高みを見て是非を論じるより、まず日常存在する感覚を見直し、しっかりと握りなおすことから始めるべきなのではないかと思う。
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by catsmoon | 2004-11-04 12:35 | 雑感
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